対談 2015.12.29
角田光代さん×西加奈子さん|人気作家が「年末読みたい本」とは?おこもり読書のすすめ
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- 角田光代
- 1967年神奈川県生まれ。小説家。1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞を始め、現在にかけて多くの作品で文学賞を受賞。2005年『対岸の彼女』で直木賞受賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞受賞ほか多数。小説の他に旅行記・エッセイ・翻訳絵本なども多数出版。年末に読もうと思っている本は、古川日出男さんの『女たち三百人の裏切りの書』。
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- 西加奈子
- 1977年イラン・テヘラン生まれ。エジプト・大阪府育ち。小説家。2004年『あおい』でデビュー。2005年2作目の『さくら』が20万部を超えるベストセラーを記録。2006年刊行『きいろいゾウ』は著書初の映画化となる。2015年、作家生活10周年を記念して刊行された長編『サラバ!』で直木賞を受賞。年末に読もうと思っている本は、ゼイディー・スミスの『美について』。
東京下町のとある街角にひっそりと佇むアマノ食堂。この店に訪れるお客さんの“おいしいお話”を毎週お届けしていきます。第12回のテーマは「読書」。
慌ただしい毎日、ゆっくり本を読みたい気持ちはあるけれど、気付けばもう年の瀬!という人も多いのではないでしょうか。そんな方のために今回は、年末年始の連休にお家でじっくり読みたい作品をご紹介します。
ゲストは「八日目の蝉」や「紙の月」など、小説だけでなく映画化されてなお、幅広い世代に愛される作家の角田光代さんと、芸能人や同業の作家からも“好きな作家”として名前の挙がる、西加奈子さん。
直木賞をはじめ、数々の文学賞を受賞しているお2人が、書き手としてではなく読者として語るプライベートトークをお楽しみください。
人気作家のプライベートな読書事情
ー 普段どんなシーンで本を読みますか?
移動中や仕事が終わったあと。とくに移動中は多いですね。あと家でも読むし、寝る前も読むし、読書時間はけっこう多いです。
私も。あと、お風呂とトイレでも読みます。
私も最近お風呂でも読む!角田さんの家、トイレとか家の各所に本が置いてありますよね(笑)。
トイレで読むのって、普通嫌だよね?
嫌じゃないけど、時間があんまりないからかな。だって、1行も読めなくないですか(笑)?
そう、時間がすごく短いじゃない。トイレって。でも毎回1〜2行ずつ読んでいって、それで全部読み終えたときの達成感はすごい!
ははは!そうですね、用を足したら絶対閉じないといけないですもんね。
そうそう、ふふ。場所によって別の作品を同時進行で読んでるの。ゆっくり読んでもいいものはトイレ、急いでるものは持ち歩くかお風呂。ところで西さんは、バスとか電車とか乗り物で本読める人ですか?
新幹線がダメですね。でも酔い止め飲んで読んだりもします。飛行機は全然大丈夫なんですけど、船もバスもダメ。
私もバスはダメだ。バスで読めたらいいよねぇ。
最近テレビをまったく観なくなったせいか、本をすごく読んでます。でもグッタリする(笑)。移動時間が読書と一番相性いいですよね。あと旅行に行くときワクワクしません?「本が読めるぞ!」って。
うんうん、「なに持って行こう」ってね!
飛行機の時間が長いと嬉しいですよね。
ー 忙しい合間を縫って、読書時間をつくっているお2人。気になるプライベートで、最近どんな本を読まれたか聞いてみましょう。
小説じゃないけど、アーザル ナフィーシーの『テヘランでロリータを読む』を読みました。イラン人の女性英文学者がイランの革命後、監視社会になってしまったなかで自分の家に生徒を集めてこっそり「ロリータ」を始めとする当時禁じられていた小説を読むっていう。ドキュメンタリーのような作品です。
へぇ〜、けっこう真面目な感じの?
そうです、人に薦められて読んだけど、めっちゃくちゃおもしろかった!
プライベートで読んでいて、すごくいいな!と思ったときに、そのことを仕事で書いちゃうこととかありません?
あるある!ブログによく書いたりするんですけど、「あの本、よかったで!」って書いたりすると、その後で編集者からメールが来て「書評書かへんかー」って。それ、ちょっと悲しくなるんですよね(笑)。
おもしろい本に出会うと
打ちのめされません?
(西加奈子さん)
あははは。私が最近読んだ本は、仕事になってしまったんですけど、ジュンパ・ラヒリの『べつの言葉で』という本。家では両親の話すベンガル語、外では英語を話して育ってきた著者が、イタリア語を勉強して習得するまでのエッセイで、初めてイタリア語で書いた短編小説も収録されている。でも結局それも、「今年の3冊」のうちの一冊に選んじゃったりするから。
あ〜、わかるわかる。でもジュンパ・ラヒリ、うちも大好きやけど……打ちのめされません?
“打ちのめされる”?
角田さんはないかな?私の場合、「うち、こんなに頑張れない!」って思っちゃうんです。
うん、わかる。あとね、「私こんなきちんとできない」とも思う。「こんなまっとうに生きられない!」って。
わかるわかる〜!っていや、角田さんがそんなんだったら、私なんてどうするんですか!?ジュンパ・ラヒリって、イタリアに移住されたんですよね。エッセイもおもしろいですか?
真面目ですね。笑えるような感じじゃなくて言語と人間の関係について真面目に書いてある。
嫌やな〜、すごくて(笑)。
最近若い人の本を読むと
“地図を持たずに小説のなかにいる感じ”
(角田光代さん)
あと、芥川賞候補になった滝口悠生(ゆうしょう)さんの『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』も読みました。
おもしろそうだと思ってました!どうでしたか?
作者の若さが美しい!最近若い人が書いた本を読むと、「あぁ、私にはもうこういう所へは行けない」って思っちゃって。それこそ、打ちのめされる感覚。衝動と書き方とか、地図を持たずに小説のなかにいる感じで。
無鉄砲な感じっていうんですかね?でもやっぱり読むんですね。
うん、読みます。おもしろいもん。
角田さんは選考委員とかやってるじゃないですか。そういうときは、どういうふうに読んでるんですか?
それはもう真剣に…。一読者としてではなくて、ちゃんとメモとか取りながら。でもね、すっごくおもしろいものは、選考委員だってこと忘れて泣きながら読んじゃう。
へぇ〜!いいなぁ。そんな本書きたいです。選考委員が選考を忘れて泣くって、作家冥利に尽きますよ。
ー 作家ならではの視点や読後の感想が新鮮ですね。ここで、今回のメインテーマ!お2人が年末年始におすすめしたい本を教えてください。
最近読んだ本でもお話した、アーザル・ナフィーシーの『テヘランでロリータを読む』はぜひ読んでほしいです。多分日本って、イスラム教徒のことを一番知らん国やと思うんです。だから世界で色々起こっていることがちょっとわかるかなって思って。そういう意味でも読んでほしいですね。
ミランダ・ジュライの『あなたを選んでくれるもの』っていうのが、今年一番私がおもしろいと思った本なので、おすすめしたいです。作者は2011年に「ザ・フューチャー」っていう映画を撮った監督なんだけど、それを撮る前に作る意味がわからなくなっちゃったんです。行き詰まって、フリーペーパーで「売ります」って広告を出してる人に会いに行ってインタビューするってことを始めるんですよ。いろんな人に会って話を聞くうちに、インターネットが入らない“生の人生”っていうのにどんどん入っていっちゃって、打ちのめされていくんですよね、人生の生々しさに。最後に符号がぴったり合うみたいな、信じられないようなことが起きて映画ができるんですけど、最後がすごい。
ミランダ・ジュライ、絶対おもしろいから読めないんですよ…それこそ打ちのめされそうで。
うんうん、嫌だと思う。
この歳でこんな小娘みたいな
気持ちになると思わなかった
(西加奈子さん)
新刊じゃないけど、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』もおすすめ。これは自分に向けて書いてくれてる気もしたし、この歳でこんな小娘みたいな気持ちになると思わんかった!っていうくらい、読んでて苦しくて…。
「なんでこれ、私は書かれへんかったんやろ」って悔しくて、めちゃくちゃ嫉妬した。しばらくこのことばっかり考えてて、ハマりすぎて苦しくて嫌でしたね。もう嫌すぎてしばらく人に言えなかった。普段ならいい本があったってすぐ人に言うのに。今はやっとこうして言えるけど、もう1回読めって言われたら躊躇します。だから“パクろう”かなって思ってます(笑)。一旦パクらんと逃れられへん!って。
パクる(笑)。でもそんなにハマれるってすごいと思う。でもそういうのって、自分はパクったつもりでも、それはきっと違うものになるんでしょうね。
それを期待してて。もちろんそれを発表するわけじゃないけど、パクって自分のフィルター通して他の話にしていかないとあかんなって思って今やってるところ。でもやっぱりパクリになっちゃう!すごい声が強いから引っ張られるの。だから今そこから“ちぎって”いく作業をしている。
おもしろい小説を読んでも、私はそういうのはないかも。映画とかならあるけどなぁ。のめり込んじゃってヤバイって感じ?
嫌や嫌や〜!!って感じ(笑)。ミラン・クンデラとかも、ずっと「わかるわかる!」って読み進めてても途中で少しでも「あ、わからん」って感じたら、昔はがっかりしてた。でもジャネット・ウィンターソンのは、「わかるわかる!」って読み進めてて、逆にそろそろわからんところ出てきてくれ〜って感じでした。「ヤバい、このまま最後までフィットしたまま行っちゃうの!?」みたいな感じが何だか悔しくて。読了後に「終わったんかい!」って思ったのは久々でしたね。自分が作家になったからかな。もし作家じゃなかったら、純粋におもしろい!好き!って気持ちで満たされてたかもしれない。
経験も違うし、感性も違う。
本こそ実は人に薦めにくい
(角田光代さん)
でもそういうの、すごくいいなぁ。私が読んでも多分そういうことにはならないから。
今初めてです、人にこれ薦めたの。夏に読んでから全然薦められなくて。年末に本屋さんで自分の本棚作ってくれるところにひっそり1冊混ぜたくらいで。書評も書くわけでもなく。今日初めて角田さんに言えた。人によって違いますよね。なんですかね、琴線つかまれるのって。
経験も違うし、感性も違うからねぇ。だから本当は、本こそ人には薦められないんですよね(笑)。
そうそう!
ー これまでたくさんの本を読んできたお2人が、何度も読み返すような“バイブル的”な作品も教えてもらいました。
2冊あって、ジョン・アーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』と、トニ・モリスンの『青い眼がほしい』は何かあったとき絶対に持ってます。これを読むまで一番のカルチャーは映画や音楽やと思ってて、小説の地位は自分のなかで正直低かったんですよ。でも読んでから、一気に1位になりました。ほんとに全部を超えた!アーヴィングは言わずもがなですよね。
うん、おもしろい!
もう嫌だ!ってなる。共感だけじゃなく驚きもあるけど、物語のなかに「絶対これ自分だ!」って思う人物がいるのがアーヴィングで、モリスンは文章が美しい。うち、作曲家や映画監督は常人じゃないと思ってて、自分には遠い出来事やと思ってたから安心感があったんです。でも小説って、私たちももしかしたらできるじゃないですか。言葉を知っているし、紙と鉛筆さえあれば物理的には書けるから。なのに、こんな“遠いところ”で書いてるっていうか、絶対真似できないすごいことをしてる小説家がいるんだってびっくり。
私は、開高健の『輝ける闇』にすごくショックを受けて、今なおショックを受け続けています。言葉の使い方とか日本語に対する姿勢とか、あと書く対象への迫り方、向かい合うときの姿勢の真摯さとかがズバ抜けてる。私とは月とすっぽんくらい違う。多分デビュー前に知ってたらデビューしなかったかも。怖すぎて…。
ー 独特の感情表現でおすすめの本を語るお2人。どれも今すぐ読んでみたくなりますね!せっかくの機会なので、お2人の著書のなかからもおすすめ本を選んでもらいました。
私の小説は20代に書いたものと30代に書いたものを前期と後期にわけたら、前期が暗いのと、あまり本を読まない人には評判が良くないので…。『さがしもの』っていう短編集があるんですけど、これは全然怖くないし嫌な気持ちにならないし、嫌な人間も出てこないからおすすめです。私、30代の半ばからストーリーを重視して書くようになったので、ストーリーを書く作家なんだなと思って読む人は昔の作品を読むと、どしたの!?ってなるみたい。
違う人が書いてるみたいに思うのかな〜。うちらからしたら角田さんは常に角田さんですけどね。もし30代女性とかだったら、『わたしのなかの彼女』とか読んでほしいですけどね。
だめだめ、あんなの!普段私の本を読まない人には怖いって思われちゃう。
でも一番“くらう”年代じゃないですか。私はそうだな〜。直木賞をいただいたし、やっぱり『サラバ!』ですね。長編で不安だったけど、初めて上下巻の本を読んだという方がサイン会に来てくださって。その方から「長編でも読めた!って、自信がついた」と言ってもらえたんです。嬉しかったなぁ。
それは嬉しいね。西さんの本だったら、私は初期の10万部以上売れたやつ、好きです。
なんですか、その覚え方(笑)!『さくら』かな?でも嬉しいです。ありがとうございます。
あれを西さん作品の最初として読んだら、多分他のなにを読んでもわかると思う。ちょっと難解に思うようなものを読んでも、わかると思う。
ー書き手として数々の話題作を世に送り出してきたお2人。慌ただしい日々の中でも、読書時間をつくることを大切にしているそうです。最後に、たくさんの本から“読むべき本”を見つけるためのアドバイスをいただきました。
「直感を大事に。誰にも“ツボ”が必ずあるはず」
(角田光代さん)
勘といいますか、私は一番“呼んでる感”がするものを選んでいます。
わかる!「これ絶対おもろい!」って直感でわかりますよね!
「とにかく本屋に行くのがいいと思う」
(西加奈子さん)
とにかく本屋さんに行くのがいいと思う。例えば新刊コーナーって似てるけど、ちょっと奥行ったら書店員さんの偏愛みたいな場所があって。ポップにやたら力入ってるやつとか。そういうのを1回読んでみる、っていうのはめっちゃアリやと思います。うちも昔、トニ・モリスンの『青い眼が欲しい』買ったとき、モリスンの本が並べて平積みにしてあったんです。それがすごくきれいで惹かれたんですよね。
合わへんかったらまた別の読んだらいいし、合ったら“ピープルツリー”じゃないですけど、そっから繋がっていきますよね。「この人やったらこれ」みたいなのがわかってくるから。例えば翻訳者だったら同じ翻訳者の人の本を読んでもいいし、日本人の小説やったら、その人が帯を書いてる小説とかでもいいし。角田さんはどうですか?
本屋さんはいいですよね。あるいは、新聞や女性誌とかの書評欄を読んでみて、おもしろいと思ったらとりあえず買ってみるとか。書評を読めば読みたいかどうかわかるじゃないですか、書評者が勧めているかどうかじゃなくて、絶対ツボにくるポイントってあると思うんですよね。例えば私は、恋愛物語とか書かれてても興味を持たないけど、どっかに軟禁されて…とか書いてあったら「なにこれっ!?」てなる。そういう自分の趣味ってあるから、自分が反応したものを読むといいんじゃないですかね。
ー お正月休みに読みたい本は決まりましたか?さて読書トークのあとは、〆の一品のお時間。本日の〆は、「殻付きしじみ」がポイントの「しじみ汁」です。
見て見て!しじみが殻ごと入ってる!
本当だ、おいしい〜♪
ー 素敵なトークをありがとうございました。またのご来店をお待ちしています!
企画協力/鯰組、なんてんcafe
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