読み物 2016.06.13
【第1回】幸福な朝食
はじめまして、ライターのさえりです。このたびこちらで連載をはじめることとなりました。どうぞ、よろしくお願いいたします。
さて、今回「アマノ食堂」さんから頂いた連載のテーマは「食と恋」。
食事という言葉は、食べるもの以外に“状況”も指すと思う。ある食事を前にすれば、味や食感や匂い、その時見えていた景色や会話、そして考えていたことをも思い出す。食事はわたしたちの人生としっかり結びついている。
それゆえに、“食事”ときいて脳内によぎることのなかには、人生とは切っても切り離すことができない“恋”にまつわるものも多い。今の恋人のこと、昔の恋人のこと、好きな人のこと、好意を寄せてくれる人のこと。そんな誰かを想う時間や、まだ見ぬ人を想像する時間すらしっかり食事と結びついているのだ。
***
今回は「朝食」のお話を、すこし。
“朝食”という響きには、優雅ななにかを感じる。
OL時代などは特に、日常で“優雅な朝食”をいただく余裕がなく、よく慌ただしくできあいのパンを頬張った。そんなときわたしはよく “幸福な朝食”について考えたものだった。
“幸福な朝食”
そう言われて「世界一の朝食」と評されるbillsの朝食メニューを想像する人がいるかもしれないし、ティファニーで食べる朝食を空想する人もいるかもしれない。
でも、わたしの思う幸福な朝食は「目玉焼き」一択なのだ。それも、「恋人がつくってくれる目玉焼き」。
「恋人がつくってくれる目玉焼き」のよさはたくさんある。
そもそも誰にでも作れるものなので、もし「ぼく料理なんてできない」と言われてもすぐに伝授できる。「朝食にフレンチトーストを作ろうか?」なんていう甘ったるい男の人よりもずいぶんシンプルだし、朝はただでさえ気だるいからそのくらい質素なほうが心地よい。ジュウジュウとなる音もいいし、それになにより見た目が好き。生まれたての太陽のような格好をしている、とよく思う。
どんな風に朝食をいただくかも、もちろん重要。
彼はベーコンをしっかりと焼き、その上に卵を落とす。普段はコンタクトだけれど目覚めたばかりなのでまだメガネをかけていて、後頭部には跳ねた髪の毛が残ったまま。たまにぼんやりとベーコンを見つめ、朝ならではの動作の鈍さを見せている。
その彼が卵をコンコンと割るころ、わたしは隣でトーストを焼きはじめる。同時にお湯を沸かし、ダージリンティーを淹れる(個人的に、朝に相応しい紅茶だと思う)。
火をとめ、フライパンから目玉焼きを移しテーブルに皿をコトと置けば、わたしたちはようやく朝がきたことを実感する。
トーストにバターを滑らせていると、さきに目玉焼きを食べていた彼が「ちょっと火通しすぎたかな」と心配そうに見つめてくる(もちろん寝癖がついたまま)。
わたしは軽く首をかしげ、(どうかな?)というような仕草で一口たべ、目を細めてこう告げる。
「そんなことない。ちょうどいいよ」——。
***
……これがわたしの思う、幸福な朝食。質素なのに贅沢で、最高に幸福だと思う。
billsはまだ混雑しているし、今のところティファニーで朝食は食べられない。
たとえティファニーでの朝食が可能になってもわたしはそこには行かないだろう。「幸福な朝食」に必要なのは、住み慣れた部屋とベーコンと卵、それから寝癖のついた恋人だけだから。そう考えながら、わたしはいつものお店でひとつ100円のパンを買う。今日も明日も、残念ながら明後日も。
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