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【第14回】日本酒に貴賎なし!磯の食堂でおじさんたちがウニ味噌と熱燗を囲む幸せを語ろうか。

日本酒のイラスト

味噌汁飲んでますか?

発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

 

僕、麹のスペシャリストなもんで、日本各地の美味しい日本酒を飲む機会が多々あります。利き酒※1)しながら、「なるほど…華やかな吟醸香と穏やかな旨味の調和が素晴らしい…!」とかエラそうなこと言っているわけですが、こんな小賢しいヤツは死後、酒飲み天国に行ける見込みは全然ない(←ていうかそんな天国あるのかい。どっちかというと地獄じゃないのかい?汗)。

※1)=喉のなかで酒を洗い、香りと味をじっくり判断すること

 

酒を嗜む文化は奥が深く、美味い高級酒を飲むことだけが粋ではない。ときには「フツーの酒」をしっとりと味わうことに極上の喜びがあったりする。

 

ということで、今回は福岡県糸島にある海辺の食堂で飲んだ「アノニマスぬる燗の悦楽」について語ることにするぜ。

 

 

ふさわしいシチュエーションに、ふさわしい酒

知人の結婚式に出席しに福岡に行った時のこと。

 

会場に早く着きすぎて、開場まで1時間半待たなければいけないことが発覚。隣にいた大阪スタンダードブックストアのオーナーの中川さんとgreenz.jpプロデューサーのおのっちさんと「1時間半も待てないよねえ。なんかこう…海の幸をつまみに一杯飲みたいよねえ…」ということになり、近場にあった食堂に直行。

 

午前11時過ぎからおじさん三人で飲み始めたわけですが、酒好きおじさんの飲み方には「粋と哀愁が隣り合わせの風情」があるんですね。

 

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まず一杯目のビールは、ジョッキの生ではなく瓶ビール。しかも大瓶がいい(アサヒスーパードライの大瓶とか)。そしてグラスはお冷を飲むような小さめのものがいい。

 

壁掛けテレビからお昼のバラエティが流れ、カウンター席で常連のお父さんが半分寝落ちしながら新聞読んでいるような街場の食堂で、ベルギーの修道院系ビールを小瓶から足付きのワイングラスまがいにゆっくり注いで「エール独特の香りがさあ…」とか言っている場合ではない。

 

「あーどうもどうもどうも」

「いやーどうもどうもどうも」

「ま、ここはひとつひとつ」

「え、ほんとすんませんすんません」

 

と羊さんがメェーメェー、牛さんがモーモーと無邪気に鳴く感じで小さなグラスにビールを注いでいくと、当然泡がすぐ溢れそうになるので「おっとっとっと」とグラスに口をつけ、白ひげをぬぐいながら

 

「いやいやいや、休日昼間からたまりませんな」

「ほんまですわ。これだけでも生きてる甲斐があったってもんです」

「ところで嫁さんの調子はいかがです?」

「ま、おかげさまで」

 

と、全体的に背中及び腰が30℃くらい前傾し、かつ片手をアタマのうえに乗せた「なんかもう、すいません」的なポーズで乾杯することになる。

 

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若い時は「お酌の文化」がオールドスクールに見えて「あ、いいです。俺は手酌でいくんで」というスタンスがクールだと思っていたが、シャイで小心者なクセに話したいことがいっぱいあるおじさんにとって「頻繁に注がなくてはいけない小グラスビール」というのは「会話にマイルストーンを打つ」ためによく出来たツールなのであるよ。

 

(グラスにビールを注ぐ)

「最近◯◯さんに会ったんだけど、なかなかいいオトコで…」

(ビールを飲み終わる)

「わかりますわー」

(ビールを注ぐ)

「ところで最近△△業界めっちゃ盛り上がってるらしくて、俺もいっちょかましたいんだけどな…」

(ビール飲み終わる)

「わかりますわー」

(ビール注ぐ)

 

…のように、ビールを注ぐタイミングで話し手とトピックスをチェンジしていく。若造には到底想像できない高度なファシリテーション術がここにある。酒はただそれだけを飲んで「美味い」「不味い」と批評するものではない。しかるべきシチュエーションで、しかるべきメンツで愉快に盛り上がるためのコミュニケーションツールとして健全に機能してこその「美味い酒」だ。

 

 

***

 

ワイルドな素材の味を活かす、アノニマスぬる燗の悦楽

じゃ、次いこう。

 

瓶ビールをひとしきり飲んだところで、つまみが登場する。玄界灘の磯辺であるから、ウニ味噌とイカの一夜干しをチョイス(刺身とか頼みだすともう結婚式どころではない)。

 

すると大阪の中川おじさんが「もうビールじゃあかんでしょ。燗でしょ」と言い、東京の小野おじさんが「お母さん、燗1つ…いや2つ」とオーダーし、山梨のヒラクおじさんがイカをつまみにしやすいようにエイヒレばりに細かくハサミで切ったところでぬる燗が運ばれてくる。至福。

 

さてこのぬる燗。

 

当然銘柄指定などはしていないので、飲む側にとっては産地も醸造法も不明の「アノニマス※2)酒」であるわけだ。

※2)=作者不明の意

 

突然ですがここで日本酒の種類と製法について解説するよ。

 

2016年現在、日本酒は大きく2つのカテゴリーに分かれます。「特定名称酒」と「普通酒」の2つ。僕たちがよく日本酒バーに行って「新潟の◯◯ください」とリスト見ながら頼むのが前者。原料に主に米と麹を使って仕込んだ比較的高級な酒であり、フランスのワインで言うとことのAOC※3)に当たるもの。

※3)=Appellation d’Origine Contrôlée の略で、どこでどう作ったのかお酒の素性を明らかにするルール。

 

純米(=米と麹だけでつくる)、本醸造(=米と麹にほんのちょっとだけアルコールを添加する)、吟醸(=お米の芯だけ使うリッチ製法)と表示されていたら、それはすべてこの特定名称酒。

 

いっぽう「普通酒」とは、「特定名称酒以外」の酒を指します。

 

一般的には、お米と水以外に工業的に生産されたアルコールや糖類を添加して味を整えたリーズナブルなお酒を指し、スーパーに並ぶパック酒やカップ酒はだいたいこの「普通酒」だと思っていいでしょう。

 

そして。
街場の食堂で銘柄指定なしで出てくる燗酒もだいたい「普通酒」だと思って間違いない。普通酒をキリッと冷やして飲んでみるとわかるのだが、淡麗辛口の純米酒=特定名称酒と違い「口内にのこるベタッとした甘み」を感じる。…なんだけど、普通酒は温めて飲むとベタッとした甘みがふくよかな「旨味」になる。

 

hiraku_09_02_01

 

さらに。熱くしすぎないぬる燗(45℃くらい)にすると、徹底的に「ニュートラルにいい塩梅な酒」と化し、和食であれば何をあわせてもジャマにならない。

 

 

「…で、ヒラク君はいったい何が言いたいのかね?」

 

つまり、磯辺の食堂でローカルかつワイルドな海の幸を味わうのに「普通酒のぬる燗」ほど最強の酒はない!ということだ。なにせ玄界灘の魚介は味にパンチがあり、高級割烹じゃないのでエプロンかけたおばちゃんが生け簀からあげた魚をそのまんまで提供してきたりする。

 

これに上品な吟醸酒とかを合わせても酒と肴の味がちぐはぐに分離するし、「三丁目の夕日」的に昭和な光景とマッチしないし、目の前にいるのはウニ味噌をゲソになすりつけて「うめーやべーまちがいね―」とホクホクしているおじさんだから、やっぱりアノニマスぬる燗でいいのだ。

 

***

 

さて、最後に1つ酒飲みおじさん(&タラレバ娘)に忠告しておく。

 

アノニマスぬる燗は、温度が下がってベタッとした甘味が戻ってくるのを恐れるあまり、冷えないうちにどんどん飲んでしまう危険がある。

 

しかも恐ろしいことに燗酒の酔いは「ユーフォリア感(多幸感)」がハンパない。冷酒と違って身体に負担をかけず、強い香りに鼻や舌がきかなくなることもない。じわじわ酔っていく幸せに身を任せた結果、突如「生まれてきて良かった!」とシャウトなどして周りから「あいつ…彼岸に行ったな」と思われたら悲劇だ。

 

そこでストップウォッチを用意して「今日は1時間まで!」とタイムキーピングしながら飲むのがベターであり、次の日の頭痛や胃痛や心痛を回避するためのオトナのマナーだ。

 

当然三人のおじさんは時間通りに切り上げ、完璧に仕上がった笑顔で結婚式に向かい、新郎新婦と愉快に乾杯したのであるよ(←結局飲んでる)。

 

それではごきげんよう。

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