レシピ 2016.12.27
カナダ人が経営する「和包丁専門店」の魅力
Webメディア「カンパネラ」からお届けする、おいしいトレンド情報。今回ピックアップするのは、料理に欠かせない「包丁」。大阪・新世界に、カナダ人が経営する包丁専門店があります。街の活性化を支援するだけでなく、海外への包丁文化の発信源ともなっているこの店。実際に訪れ、その魅力を探りました!
つい先日のこと。
「新世界にかなりユニークな包丁屋さんがあるんですけど、ご一緒しませんか?」と、大阪のツーリズム・ディレクター、森なおみさんからメールが届いた(※森さんについての記事はこちら)。
「どうかなりユニークなんですか?」と、質問をすると、その店のユニークなポイント4点の説明が返ってきた。
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(1)店主は大阪弁が達者なカナダ人である
(2)国内外からプロの料理人が来る有名店である
(3)大阪・堺や岐阜・関をはじめ、日本各地の刃物産業が盛んな地域を力強く応援している
(4)お店に来たお客さんを近隣につなげまくっている
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なるほど、伝統産業の包丁を扱う店の経営者が外国人というのは珍しいし、大阪弁が達者なのもユニーク。しかも、国内外からお客さんを引き寄せて、包丁を売り、さらに訪れたお客さんを近隣へとつないでいるという。
たしかに、かなりユニークである。しかも最近注目を浴びているインバウンドのありきたりな例とも異なる匂いがする。
続いて届いた森さんのメールに、とどめを刺された。
「ちなみに店主のビヨン・ハイバーグさんは、テレビドラマにもなった漫画の『子連れ狼(おおかみ)』を読んで、日本に興味を持った人なんです(笑)」
『子連れ狼』を読んで日本に興味を持ち、大阪で1、2を争うディープスポットの新世界でカナダ人が営む包丁屋。これは行かねば!と、すぐに新世界に向かった。
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野菜の味を良くする和包丁の切れ味
森さんとの待ち合わせは、新世界のシンボル・通天閣の真下だった。
「意外と知られてないんですけど、真下から見上げた通天閣がアートなんです」
この風景には驚いた。
筆者、実は大阪出身。新世界のことは詳しいほうだと自負していたし、この通天閣の真下も数えきれないほど通過してきたはずだが、この風景には気づかなかった。
「知っていると思い込んでいる場所でも発見がある。それが街の楽しさですよね」
森さんの言葉に深くうなずきながら、通天閣を背に東へ。1歩進むごとにカオス度が増してくる。大衆演劇の小屋、一見客は無理そうなスナック。そして、目指す包丁専門店は、昭和の匂いが濃厚なホテルの斜向かいにあった。
『TOWER KNIVES OSAKA(タワーナイブズオオサカ)』。中には、鋭く光る和包丁がところ狭しと陳列されていた。
漫画『子連れ狼』を読んで日本を訪れた店主のビヨンさんは、1992年に初来日。日本人女性と結婚して永住を決意。導かれるように堺の和包丁の切れ味や美しさに惚れ込んだ。やがて、海外輸出の手伝いをするように。新世界に包丁専門店『TOWER KNIVES OSAKA』をオープンしたのは2011年。それから5年、堺を中心に日本全国の和包丁を取り扱い、その魅力を国内外に発信し続けている。
『TOWER KNIVES OSAKA』店主のビヨンさん
店内にあった、ビヨンさんを子連れ狼風に描いたイラスト
あいにくビヨンさんは、長期出張中。米国人スタッフのロドリゲス・ジョーさんが応対してくれた。彼もビヨンさん同様、日本人女性と結婚。大阪の立ち飲みをこよなく愛しているという。
ロドリゲスさんによる和包丁実演の様子
堺の和包丁を使って、にんじんを切り分けるデモンストレーションを見せてくれた。和包丁の切り口が見事なまでに真っ平らなのに驚いた。自分で切ってみると、さらに驚いた。普通の包丁なら少し力を入れなければ切れないにんじんが、和包丁だと軽く包丁を落とすようにするだけで、ストーンと切れてしまう。切り口は鋭いだけでなく、瑞々しい。続くトマトは、刃の重みだけでストーン、切り口は信じられないほど滑らかだ。
「いい包丁で切った野菜は、味が違うんですよ」
ロドリゲスさんは語る。
筆者がいる間も、白人系の外国人、それから日本人が店にやってきて、他のスタッフにいろんな質問をしていた。どうやらプロの料理人らしかった。
「大阪のある和食の名店の料理人さんは、『堺の和包丁は普通の包丁に比べて値段は高いけど、切れ味が良いので、仕込みの時間を毎日30分、短縮できる。味も良くなるし、作業効率も良くなる。これは値打ちがある』、と」
和包丁を売るということは、本物の食文化、産業を支えるということと同じだと感じた。ちなみに、同店のスタッフは、英語だけではなく、フランス語、デンマーク語など多言語に対応。海外に包丁の機能や文化を伝えるアンテナショップの役割も果たしている。
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外国人という新しい風が、和包丁の生産現場を支える
『TOWER KNIVES OSAKA』の存在は、堺の和包丁の生産現場にも良い影響を及ぼしている、という。
「堺の和包丁は、刀鍛冶の技術で作る手仕事の産物です。1本1本、鋼を鍛えて仕上げるプロセスは、日本刀と同じ。職人の数は減っていますし高齢化も進んでいますが、ビヨンさんのお店があるおかげで、まだまだ頑張りたいと言う職人さんが少なくないんです」と、森さん。
ビヨンさんらが撮影した、堺の刃物職人・藤井刃物の現場風景。鋭い切れ味を作る真剣な眼差しと手仕事に感嘆したという。
堺の刃物を並べた見本
堺の和包丁と日本文化の関係性は深い。堺は戦国時代は鉄砲の産地だったが、やがて切れ味の鋭い包丁をつくるようになった。江戸時代、堺の包丁は、当時は高価な嗜好品だった葉タバコを刻むのに用いられ、世界でも珍しい髪の毛ほどの細さに刻む加工技術を発達させた。もちろん、包丁の切れ味が天下の台所と言われた大阪の食文化にも貢献したことは、想像に難くない。
それほど日本の歴史と文化にとって重要なものを、外国から来た人が支え、新しい切り口で発信しているというのは有り難い。おまけにそのきっかけが漫画『子連れ狼』だったというのは、実にユニークではないか。
『TOWER KNIVES OSAKA』は2015年、東京スカイツリーのソラマチに支店『TOWER KNIVES TOKYO(タワーナイブズトウキョウ)』をオープン。日本国内でもさほど知られていない和包丁を首都圏から発信する活動を始めている。
堺市長から受けた感謝状
『TOWER KNIVES OSAKA』を後にして、新世界の商店街を歩いた。1903年に内国博覧会(今でいう万博)の開催地だったこの界隈は、当時は日本国内の最先端をゆくモダンな流行発信地だった。その頃の遺伝子は、街のあちこちに残っている。
「履物屋さんなのにジャズレーベルもやっている澤野工房さんがユニークなんです」
ここが澤野工房。店の表は履物屋そのもの、だが「JAZZ」の名を冠した看板も
森さんの案内で、商店街の入り口にある履物店へ。店の表には、たくさんの草履や雪駄(せった)、店の奥には、ぎっしりとジャズのCDという初めて見るスタイル。しかし、このスタイルでかれこれ30年。台湾にも支店があるという。品質の高さとユニークさでジャズ愛好家の支持を集めている。
「どこに行っていましたか?」と、物腰のやわらかい3代目店主の澤野由明さん。
店主の澤野由明さん。店内のジャズCD売り場の前で
「ビヨンとこ行っていたんです」と、森さん。すると、「ビヨンとこで聞いたいうて、ちょくちょく、いろんな人が来てくれるわ」。
『TOWER KNIVES OSAKA』のスタッフは、包丁を買いにきた客たちに、新世界エリアの他の店の宣伝も積極的に行っているらしい。
「ビヨンのお店は、口コミがスゴイんです。日本の刃物づくりという伝統工芸、食文化、そして新世界の観光にとっても欠かせないお店です」
『TOWER KNIVES OSAKA』には、日本人が見習うべき点がたくさんあると感じた。
※参考Webサイト
・澤野工房
(2016.04.14「カンパネラ」より転載)
須田泰成さん
[PROFILE]
コメディライター/地域プロデューサー/著述家。1968年、大阪生まれ。全国の地域と文化をつなげる世田谷区経堂のイベント酒場「さばのゆ」代表。テレビ/ラジオ/WEBコンテンツや地域プロジェクトのプロデュース多数。著者に『モンティパイソン大全』(洋泉社)、絵本『きぼうのかんづめ』(ビーナイス)など。
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