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【第34回】寝すぎた日のラーメン

暑すぎた夏がやっと過ぎて、秋の気配が漂いはじめた。

 

今年の夏はずいぶん暑かった。外に出るのも億劫で、休日はほんのり汗ばんだ身体のままベッドでゴロゴロする日も少なくなかった。

 

でも横になってだらだらして、時に寝すぎて夕方になっているあの過ごし方も、結構好きだ。

 

もったいないと思う人もいるのだろうが、わたしには贅沢に思える。さらに言えばその時間を一緒に過ごしてくれる恋人がいればもう何も言うことはない。

 

休日、眠りすぎてしまう2人。

こんな感じだと最高だろうな−−。

 

 

***

 

記憶に残らない夢を見た。さっきまでなにか不可思議な世界にいたはずなのだけれど。

 

目をゆっくりと開けると…、朝だ。なんだか身体が重い…。ゆっくり辺りを見回すと、わたしの身体の上に彼の大きな脚が乗っかっていた。

 

「もう、どんだけ寝相悪いの」

 

小さな声でぼやいてみたが、彼から返事はない。それどころか、ググともゴゴとも言えないくぐもった声が聞こえてくる。大きな脚を身体から下ろしたが、起きる気配もない。

 

口がわずかに開いているだらしない顔。

 

息とともに上下するお腹。

 

こんな気の抜けた格好でも「かわいい」と思えてしまうのは、いわゆる恋の病というやつなのだろうか。そうだとしたら、もう永遠に治らない不治の病ならいいのに。

 

頭の横に置いていたスマホを見ると、10時半。

 

まあ休日だし、まだ起こさなくてもいいか。そんなことを考えながら夜中のうちに来たLINEや、SNSの投稿を見ているうちにまた眠たくなってきてしまった。あと30分くらい、いいよね…?

 

少し眠ると、また夢を見た。

 

今度は彼が引っ越そうと言いだす夢。先日引っ越したばかりなのにと喧嘩をしているところで目が覚めた。…夢でよかった、あんなに大変な引っ越しはもうしたくない。ゆっくり寝返りを打って、彼を見た。その気配で彼も目をさます。

 

「おはよう」

「あ、おはよ」

 

ふにゃふにゃとした寝ぼけた声。まだとろんとしている、まぶた。思わず吸い寄せられるように頬に触ろうとしたが、彼の冷静な質問に遮られた。

 

「今、何時?」

 

時間を確認する。13時。

しまった…、寝すぎた。

 

「やば、13時だって」

「え、うそ、そんな時間?」

「うん」

「はー…、寝すぎたね」

「うん」

 

寝すぎた、という割には起きる気配がない。それどころか、もぞもぞと移動をしてきて身体に巻き付いてくる。

 

彼は頻繁にこうしてくっついてくるし、時に寝ぼけたまま無意識に抱き寄せられる時もある(そしてそれは猛烈にかわいい)。

 

もう1年以上一緒に暮らしているのに、それでも一緒に眠っている時間は同棲直後と変わらないくらい幸せだ。友人からは「え、さすがに飽きてくるころじゃない?」と笑われてしまうのだけれど、飽きる気配なんて微塵もない。

 

「ちょっとエアコン効きすぎて寒いね」

「うん」

 

横になったまま、エアコンを切った。冷えていた脚が徐々に溶けていく感覚がある。ぬるくなっていく部屋が心地よくて、気づけばなんと再び眠ってしまっていた。

 

…起きると、15時。

 

「あっつ…」

「うわ、汗すご」

「うわ、ほんと」

 

前髪は額にはりついて、首元はベタベタと不快な感触がした。勢いをつけて起き上がり、シャワーをざざっと浴びる。上がると、今度は彼がお風呂へ入っていく。

 

「ねー」

 

洗面所から、お風呂場の彼に話しかけると「んー?」と返事がある。

 

「上がってきたら、髪乾かしてー」

「はいはい(笑)、いいよー」

 

彼はたまに髪を乾かしてくれる。といっても、3ヶ月に1回くらいの頻度で。

 

久しぶりだな、彼が上がってくるまで少し横になっていよう。ベッドにうつ伏せになって、「まーだー?」とか「はやくぅ」とか文句を言っているうちに…、なんとまた眠ってしまった。自分でも、呆れる。

 

休日、あれほど眠れてしまうのはどうしてだろう。寝れば寝るほど眠くなる仕組みなんてあるのだろうか。

 

次に目が覚めた時には、部屋はもう仄暗かった。一瞬、自分がどこにいて、何が起こったのかがわからなくなる。ただ、「やってしまった」という予感だけがじわじわと沸き起こる。

 

「え」

「え」

「何時…?」

「…19時」

 

あれ、さっきまで何してたんだっけ。あ、そうだ、髪の毛を乾かしてもらおうと思っていたのに…。聞くと、上がってきて眠っているわたしのそばに寝転び、顔を眺めているうちに眠ってしまったのだという。

 

起こしてよね。小さく文句を言ったら、「ごめん」と謝られてしまった。

 

部屋は程よく冷えていて、身体はけだるい。2人で大の字になって、天井を見上げた。「夜かー」「夜だねー」。何かそんなやり取りをしているとき「きゅるるる……」と音がした。思わず彼を見ると、彼が気まずそうに笑いながらお腹を手で隠している。

 

「おなか、すいた」

「うん、聞こえた」

「朝からなんも食べてないし」

「うん」

「何食べる?」

「うーん、味の濃いものがいい」

「味の濃いもの?うーん…」

 

少しの沈黙があった。本当はとっくに、ある単語が頭の中に浮かんでいた。それを言おうか言うまいか。迷っていると先に彼のほうから口を開いた。

 

「ラーメンは?」

 

「言おうと思ってたー!!」

「えっ、ほんとう?」

「ほんとう」

 

こうして満場一致で、夜ごはんはラーメンに決定。

 

起き上がると、2人ともダイナミックな寝癖がついていた。

 

「髪やば」

「そっちもやばい」

 

乾かさずに眠ってしまったのだから仕方がない。互いの髪型を笑いながら帽子をかぶり、ほぼすっぴんのまま外へ出た。

 

外はすっかりぬるくなり、コオロギの声さえ聞こえる。寝すぎた罪悪感と後悔が喉元まで迫ってくるが、決して言うまいと思っていた。

 

「星、出てるじゃん」

「ほんとだ」

 

後悔は、声に出した瞬間に確信に変わる。このあと2人で楽しく過ごせば、これまでの時間だって“後悔”にはならない。

 

不思議と、彼も何も言い出さなかった。普段はしっかりしているのに、たまにだらしなくなる。そのペースが彼とわたしはぴったり合う。こういうところも、“ずっと一緒にいられそう”と思った決め手でもあったな。

 

遠くに、赤いぼんやりとした灯りがともっているのが目に入る。

 

「はやくいこ」

 

彼の手を取って、走り出す。「え、走んの?」。彼の戸惑いは聞こえないふりをした。

 

コオロギの音と、ぬるい夜道。

 

2人のバタバタとした足音、そして遠くから匂うラーメン。なんてことない、夜の一幕だった。でもこの瞬間を、この先も忘れないだろうと思った。

 

 

***

 

……。

…こういう何気ない休日ってなんて尊いんだろう。いいな、やりたい。いや、やりたすぎる。

 

それにしても、ラーメンはこういうだらしないシチュエーションで食べたくなるのだけど、わたしだけだろうか。

 

この連載でラーメンの記事は2本目だが、どちらもだらしないものだったな……。まあ仕方ない。ラーメンには、だらしなさがちょうどいい、ということにしておこう。

 

【第3回】ラーメンの誘惑に二人して負ける夜

 

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