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【第5回】夏をまっとうする食べ物、ブルーハワイ味のかき氷

夏が好きだ。

 

夏の楽しみ方はいろいろある。涼しくなった夜の散歩も最高だし、たこ焼きを買って帰るのもいい。

 

かき氷も好きだ。

 

わたしは普段は冷たいものはあまり食べず、アイスも年に数回しか食べないのだけれど、夏の蒸し暑い日に道端にポツンと立っているかき氷屋さんにはめっぽう弱い。

 

最近流行りのふわふわな氷でもなければ、マンゴー味といったおしゃれな味わいでもない。昔から親しみのある、赤と黄色と青のあのかき氷だ。

 

赤はいちご。黄色はレモン。青はさらに不思議なブルーハワイ味。たまに豪華なお店だと、緑の「メロン」が追加される。赤い字で氷と書いてあるのれんが軒先でひらりとたなびいていると、夏をまっとうすべく「食べなければ」という使命感に駆られる。

 

かき氷を食べたい、と思う時こんな景色を思い浮かべる。

 

 

***

 

うだるような暑さの中、彼と2人で海浜公園へ向かって歩く。海は見えているのに、アスファルトの暑さが道のりを遠く感じさせ、海は全然近づいてこない。

 

「暑いね」

「溶けちゃうかも」

 

2人でこのセリフを延々と使い回し、年上の彼の首筋に流れる汗を指でなぞる。

 

「汗だ」

 

わかりきったことを告げると「うん、汗だね」と困ったように笑われる。その呆れ笑いが胸をくすぐり、少し彼を困らせたいと思ってしまう。

 

そんな時に目に入る赤い「氷」の字。風にはたはたと靡き、青い空の下で何かにエールを送っているように見える。

 

見向きもせずに海を目指している彼のTシャツの裾をツンとひっぱり、不思議そうに振り返ったタイミングで静かに旗を指差し「夏を食べよう」と笑いかけるのだ。

 

「え? かき氷?食べたいの?」

 

なんだかお父さんのような口調で驚かれ、急に小さな子供になった気持ちで「食べたい!」とはしゃいでみせる。

 

彼は「へぇ、珍しい」と相変わらずの困り笑顔を披露し「何味?」と聞く。

 

「ブルーハワイ」

「……ブルーハワイね」

 

2人して夏にならないと呼ぶことのない名前を唱え、おじいさんがひとりでやっているそのお店でかき氷を注文する。

 

「いらっしゃい!さんびゃくえん」

 

おじいさんは一息にその言葉を唱え、彼はチャリンと300円を渡す。

 

ガリガリガリと氷を削る古い機械の下で、ペンギンが書かれた簡易カップに氷がサクサクと盛られて積み重なっていく。途中何度かおじいさんの指にもこぼれ落ちたが、それらはしみ込むように一瞬で溶ける。

 

シロップを指差し「はい、好きなだけかけて」とだけ告げておじいさんは視線をそらす。その無骨な対応さえ夏の暑さにはちょうどよい。

 

「たっぷりかけよう」と言い合って青い液体をかける。シロップを持ち上げると、指がベタついたが気にしなかった。

 

さえりさんの「ティファニーで朝食を食べられなかった私たち」

 

「うれしい」

 

ザクザクと氷を鳴らし、一口いただく。

ふわふわの氷でもなければ、味も繊細ではない。なんとも言えない子供っぽい夏の味が舌の上ではしゃいで消える。

 

「おいしい?」と彼が聞くので、答えずに先が丸くスプーン状になったシマシマのストローで氷をすくい「はい」と差し出す。「お、久しぶりだ」と少し彼の顔がほころぶ。

 

「あ、ブルーハワイだ」

「ね、ブルーハワイだね」

 

美味しくも不味くもない。単にブルーハワイ味なのだ。

 

何度か食べさせられたり食べさせたりしているうちに不意に思いつき「べーしてみて」と言い、2人で青く変わった舌を見せ合いっこして笑いあう。

 

「こういうの悪くない」

 

 

年上の彼がちょっと子供っぽい顔で笑う。その目に胸が跳ね、照れ隠しに「ほら、もっと食べて」とかき氷をすくって差し出した手が揺れ、彼のサンダルを履いた足の上に氷は落ちてしまう。

 

「つめたっ」

 

「ごめん」と言いながらも笑ってしまう。舌が青くなるほどのかき氷なのに、足の甲に落ちたそれはほとんど透明だった。

 

「海で洗おう」

 

彼がなんだか嬉しそうにそう言った時、

氷が全て溶け青の液体がカップの中でたぷんと波打つ時、

すぐそばにはもう海が広がっている。

 

 

***

 

……こんな景色が「かき氷」の音の中に広がっているような気がする。

 

今年はまだ「ブルーハワイ味」は食べていないけれど、年上の彼と一緒に食べられたらいいな、と思う。もっとも、彼ができれば、の話だけれど。

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