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【第9回】年下の彼に振る舞うオムライス

夏生さえりコラム

好きな人がご飯を食べているのを眺めるのが好きだ。

 

自分はもう食事を済ませてしまった、という状況で彼一人がご飯を食べているとなお良い。
なぜ食事風景をみるのが好きなのかはわからない。だけど、美味しそうにご飯を食べる様子は見ている人まで幸せな気分にしてくれるというのは、共感してくれる人も多いだろう。

 

そのご飯を、自分が作っていたら。
もっと素晴らしいな、と最近思う。

 

特に年下男子。無邪気な年下男子が自分の作った料理をパクパクと頬張る様子を、目の前でにこにこと眺めていたい。ちなみに、“年下男子”と限定すると「何歳年下までいけますか?」「年上はダメですか?」なんていう話になりがちなのだけど、これはあくまで「年下っぽい男性」という意味合いが強い。

 

 

わたしの思い描く「年下っぽい男性」は、いつも下手(したて)に出てきて、とにかくあざとい。ストレートな愛情表現が自然にでき、巧妙に「キュン」を仕掛けてくる(恋愛においては、「気恥ずかしさを取り払える人」がキュンを制する)。

 

もしかわいい年下男子に料理を振る舞う機会があるとすれば、作るものはもう決めている。

 

「オムライス」だ。

 

 

年下の彼がオムライスを食べてくれるシチュエーションは今まで何度も書いてきたけれど、何度でも書きたい。オムライスを作ることになるシチュエーションから食べ終わるまでのトップオブ理想は、こうだ。

 

 

***

 

疲れてマンションにたどり着くと、玄関の前で小さく丸まった黒い物体がもぞっと動いた。

 

「えっ!?」と声をあげると、黒い物体がパッと顔をあげる。

 

 

——年下の彼だった。

 

彼はのんきな声で「あ、おかえりぃ」と言いながらゆっくりと立ち上がって、抱きついてくる。

 

こんな風に、彼はたまに仕事が早く終わると勝手に家の前まできて待っている。合鍵を渡そうと思ったこともあるけれど、住みつかれてしまうのもやや困りものだと考えているうちに躊躇してしまい、もう半年以上も渡せていない。代わりに「来るなら早く帰ってくるから、事前に連絡してね」と伝えているけれど、いつも家に携帯を忘れたとかなんとかで勝手に家の前で待っているのだ。

 

「来るなら言ってよ」と呆れていうと「また家に携帯忘れちゃったんだけど、会いたくって」と返事がある。こういう無計画で無邪気な愛情を渡されると、キュンとせずにはいられない。

 

「ごめんね、勝手に来て。怒ってる?」という質問には答えずに「寒かったでしょ」と頭をくしゃっと撫でると、上目遣いで「正直寒かった」と返答がある。

 

「わたしご飯食べてきたんだけど、お腹空いてる?」

「ちょー空いてる」

「オムライスでいい?」

「やったー!」

 

いえーい!とか、やったー!とか騒いでいる彼に、「ちょっと静かに」とクスクス笑いかけて料理の支度をする。

 

卵を溶いていると、部屋着に着替えた彼が腰のあたりにゆるっと腕を巻きつけてくる。肩のあたりで「卵ふわふわにしてね」と色っぽく囁かれ、気持ちが一気に跳ね上がる。けれど「わかったけど、危ないから向こうで待ってて」と極めて冷静に告げる。年下の彼をたしなめるのも、またひとつの楽しみだからだ。

 

彼は案の定「ちぇっ」とかなんとか言いながら離れ、足元の邪魔にならないところにちょこんと座り込む。

 

「ソファで待ってていいよ?」

「やだ。料理してるの見るの好きなんだもん」

 

グレーのスウェットに、少し明るめの茶髪&ゆるふわパーマ。足元にしゃがんでいると犬か?と思うことが多々ある。一度そう言ってみたら「かわいがってくれるなら、犬もいいかも」とかわいすぎる返答があった。

 

それにしてもどうしてこんなにかわいく思えちゃうんだろう、と何度も冷静に考えてみたことがあるけれど、結局のところ、ただ猛烈に好きなようだ、と言う答えにたどり着いて、自分で笑ってしまう。これが恋の病だとか言うのなら、一生治らなければいい。

 

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充分に熱したフライパンに卵を流し込み、ジュージューという美味しい音とバターの香りが部屋中に蔓延する。

 

「これ、持って行って」

 

飲み物を差し出すと「はぁい」と駆け寄ってくる。こんなに楽しみに待っていてくれるなら、毎日彼のためにご飯を作ってもいいな。手料理は喜んでもらうに限る。待ち遠しそうにされればされるほど、やる気も湧く。

 

「はい、できた」

 

皿をコトンとテーブルに置くと、両手をいただきますの形にしたままの彼が、はやる声で「食べていい?」と聞いてくる。

「どうぞ」と告げるより早く、スプーンがオムライスをすくい、あっという間に彼の口に運ばれていく。

 

「うまーい!」と「うまっ!」とを繰り返しながらほっぺを膨らませてパクパクと頬張っていく。それを両手で頬杖をつきながら、にこにこと眺める。

 

「慌てすぎだよ」と笑いかけたら、「だってうまいんだもん」と、もごもごとした返答があり笑ってしまう。

 

彼の「語彙力の少なさ」もかわいくて好きだ。ここで「隠し味が効いているね」とか言わないところがいい。急いで食べ過ぎてほっぺが膨らむところもかわいいし、視線に気づかず一生懸命食べるところもかわいい。さっきから好きなところばっかり数えている。

 

そっと手を伸ばし、ゆるくかかったパーマヘアを軽く撫で「おいしい?」と声をかけると、「うんーしあわせー」とヘラヘラ微笑んでくる。やっぱり、この笑顔が好きだ。いや、全部好きみたいだ。

 

気持ちに少しずつ整理がつき、意を決してポケットからあるものを取り出して彼に差し出す。

 

「鍵、あげる」

 

きょとんとしている彼をふわふわと撫でながら、わたしは言う。

 

「これからもっとご飯つくってあげる」

 

彼の顔がパッと明るくなり、瞬間、オムライスの匂いをまとった彼にふんわり包まれた。

 

「しあわせだー」

「ね」

 

そうしてふたりは、さっきの卵よりもうんとふわふわと微笑み合うのだ——。

 

 

***

 

 

と、ここまでが「わたしが思い描く、年下彼氏に振る舞うオムライス」の理想の形。

 

玄関前で彼が待っているという展開も、料理中に足元で待たれたことも、オムライスを振舞ったことも、そこからはじまる同棲生活も、どれひとつ一度も起こったことがないのだけれど、でも全部セットでいつかほしい。

 

もし全部が無理なら目の前でオムライスを美味しそうに頬張ってくれる展開だけでもいい。あまり高望みしているようには思えないのに、なぜか一向に訪れる気配がない。仕方ないので、ふわふわ卵のオムライスの練習だけでも始めておこうと思う。「おいしい?」と「かわいい」を繰り返す未来のふわふわな食事時間に備えて。

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