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【第19回】目に愛を込めて

去年のちょうど今ごろ、わたしはスペインにいた。5〜7月までの2ヶ月間、スペインに滞在していたのだ。(その頃は、ラーメンの記事を書いた。もう1年もこのコラムを続けているのか。感慨深い)

 

スペインのバレンシアというところで過ごした2ヶ月は、あまりにも平和だった。夜21時になっても外は明るく、夜が短いおかげなのか自分自身も日本にいる時よりも陽気だった。広場では深夜1時から音楽ライブがはじまり、果物はおおらかな態度で売られていた。片言のひどいスペイン語を話して注文すれば、彼らはウインクを送ってくれる。

 

ひとりでお店に入ることにも躊躇しなくなり、口頭で言われるメニューを適当にリピートして注文した。わたしは魔法の言葉「Me lo puedo llevar?(持ち帰ってもいいですか?)」を覚えていたから、思いのほか大きな皿で料理がきてしまっても大丈夫。

 

歩きながら生ハムパンをほおばり、道端でジュースを買った。とにかく、開放的で、陽気で、豊かだった。

 

「食と恋」にまつわる本エッセイでなぜスペインの話をはじめたか、というと、スペインでできた友人に口説かれた夜のことを最近思い出す機会があったから。

 

先日、雰囲気のいいレストランで友人と食事を楽しんでいたら、となりの席の恋人たちが喧嘩をしていた。

 

「わたしのこと、本当に好きなわけ?」と女の人は詰め寄り、男は「好きに決まってるじゃん」と応戦していた。

 

「全然伝わってこないんだけど」と女の人は怒り、「でも、好きなのは本当だし」と男は不機嫌になる。

 

そこで不意に思い出したのだ。
スペインでの夜のことを。

 

 

***

 

日本語を勉強している人たちが集まるコミュニティで知り合った彼は、33歳で仕事は清掃員(コメディ俳優になりたいのだと言っていた)、口頭ではほとんど日本語は話せなかった。わたしもわたしでスペイン語が話せないので、知り合ったころわたしたちはほとんど意思疎通を交わすことのできない2人だったのだけれど、互いに「英語があるじゃない」とある日思い立った。

 

なぜか互いに「この人は英語を話せないだろう」と思い込んでいたので(なんせわたしの知り合ったスペイン人たちは英語を話さない人が多かったし、彼の知り合った日本人たちは英語を話さない人が多かった)、2人して「英語を忘れてた!」と笑い合った(とはいえ、わたしの英語はとてつもなくひどいものなのだけれど、それでもスペイン語よりはマシだ)。

 

わたしはバレンシア滞在中、週に1度は彼らに会い、そのまま解散する日もあれば飲みに繰り出す日もあった。

 

その日もビールを数本煽って、ご機嫌になってありえない文法で会話をしていた。たしか、彼の名前に漢字をつけてあげた夜だった。わたしは酔っ払っていて、ご機嫌で彼に漢字を贈り、適当に漢字のストーリーを考え、「きみの名前に、勇敢な漢字をあげる!」と偉そうにした。純粋な彼は「こんなに素敵な漢字をもらえるなんて!」と感動していた。

 

そのあと「わたし帰るね」と告げると、「送るよ」と言ってくれて、一緒に歌を歌いながら家まで送ってもらった。

 

彼がこちらに好意を寄せてくれているのにはなんとなく気づいていたけれど、海外でノリがよく押しに弱い日本人女性がモテるのは定番の話だし、恋をしにスペインに行ったわけではなかったので、全く気にしていなかった。

 

その夜、彼はわたしをとても丁寧に送ってくれて、2人で歌を歌ったり、好きな歌の理由を話して、意思疎通ができたりできなかったりしながら家に帰った。それ以上のことはなにもない、ただただ楽しい夜だったと思う。

 

「おやすみ」と言い合って、しっかり目を合わせてから家に帰った。その後、彼からメールが届いた。

 

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メールの内容は

「I like your smile, I like your voice, I like your all.」

というシンプルかつ情熱的な口説き文句で、

「君が同じ気持ちじゃないのはわかっているんだ。でも言いたくて。無礼でごめん、あまり気にしないで」

といった趣旨の優しさも添えられていた。

 

わたしはそれに対し、「ありがとう。わたしもあなたやバレンシアでできた友人が好きよ」と告げ、それ以上の思い出は何もない。

 

それが、1年経ってじわじわと効きはじめている。口説き文句のことじゃない。彼の目のことだ。

 

今思えば、彼ほどに目に感情がこもる人をはじめてみた。

 

わたしと話しているとき、彼の目は甘いリキュールみたくトロンと優しい。あの夜も「おやすみ」の目は、この世のどんな口説き文句よりも甘くて、彼が何を思っているのか全部わかってしまったほどだった。その後の口説き文句は、よりわかりやすい形に変換されたにすぎない。わたしは彼の言葉を聞く前から、彼の気持ちを知っていた。

 

その後わたしの帰国が決まってからは、彼はこの世の終わりを見つめるような悲しい目をしていた。その目は写真にも残っていて、その想いの全部が表現されたような目をみるだけで、わたしは泣いてしまいそうだった。

 

帰国してからしばらくはすっかりそのことを忘れていたのだけれど、不意に思い出し、そして思った。

 

わたしが好きな人を見つめる時、わたしの目はどんな風だろう。

 

彼の目を見るだけで、言葉なんてなんにもなくてもわかってしまったように、わたしの目もそれほどに愛を伝えられる目であればいいのだけれど。手の内全部明かして、全身全霊で相手に気持ちを伝えられているならいいのだけれど。

 

 

***

 

「全然、わかんないんだけど。もっとちゃんと伝えてよ」と女の人はまだ怒っていた。「だから僕は君のことを……あの時だって……」と彼の弁明も続く。

 

言葉があるのに、わたしたちはどうして分かり合えないんだろう。どうして自分の気持ちを上手に伝えられないのだろう。

 

もしかしたら言葉があるせいかもしれないな、などと思いながら店をでた。

 

彼を思い出して、教えてもらったスラングを交えながらメールを打つ。

 

「Hola.¿Qué tal, tío?(元気でやってる?)」

 

すぐ返事がある。

 

「こんにちは、さえりちゃん。げんきですか?」

 

ふたりとも相手の国の言葉を使って挨拶をし、すぐに英語に戻すコミュニケーション。彼の優しい目を思い浮かべ、わたしもああいう目になれたらいいな、と再び思う。

 

そういえば、「“好きバレ”したくない」という話をこのまえ聞いた。相手に、“自分が相手を好きなこと”がバレてほしくない、という気持ちのことを言うらしい。

 

駆け引きは言葉だけにして、言葉以外の大切なものでお互いを分かり合えたらいいのにな、と思う。わたしもいつか、目で全部手の内を明かすような、潔く印象深い恋がしたい。

 

 

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