対談 2016.06.22
清野とおるさん×平野紗季子さん|おこだわり人に学ぶ、日常を楽しむヒント
-
- 清野とおる
- 漫画家。平凡な日常を過ごしていたところ、自身が発見した「おこだわり」によって喜びに満ちた日常を過ごしている「おこだわり人(びと)」に遭遇。それ以来、日常を生き抜く術(すべ)が「おこだわり」にあることを確信し、おこだわり人への取材を重ねている。代表作は「漫画アクション」連載中の『ウヒョッ! 東京都北区赤羽』、「ヤングアニマルDensi」連載中の『Love&Peace ~清野とおるのフツウの日々~』、「SPA!」で連載中の『ゴハンスキー』など。
- ワイドKC|講談社コミックプラス
-
- 平野紗季子
- 1991年福岡生まれ。2014年3月慶應義塾大学法学部卒業。小学生から食日記を付け続ける生粋のごはん狂(pure foodie)。日常の食にまつわる発見と感動を綴るブログが話題となり、数多くの雑誌・ウェブマガジンで幅広く執筆。著書は『生まれた時からアルデンテ(平凡社)』。
- SAKIKO HIRANO
東京下町のとある街角にひっそりと佇むアマノ食堂。この店に訪れる、お客さんの“おいしいお話”をお届けします。今回の対談テーマは、今ドラマやネットで話題を呼んでいる「おこだわり」について。
ゲストは、日常に潜むこだわらなくてもいいことにあえてこだわる“おこだわり人(びと)”を紹介する漫画『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』の作者・清野とおるさんと、食にまつわる発見と感動を綴り、生粋のごはん狂として知られるフードエッセイスト・平野紗季子さん。食やライフスタイルにおいて独特の着眼点を持つお2人に、“おこだわり人”から学んだ日常を楽しくするヒントをお聞きしました。
—今回が初対面の清野さんと平野さん。まずは、お2人の自己紹介から。
清野さんとは初めてお会いするので、少し緊張しています…。実は、赤羽に来たのも今日が初めてなんです。清野さんにとって赤羽はホームのような土地だと思うんですが、街を歩いていると声を掛けられることって多いんですか?
いや、意外と気付かれないんですよ!たまに、通りすがりの人に「清野とおるさんですか?」って聞かれることもあるんですけど…。そういう時は真顔で「え…?」って反応すると、みんな「すみません…!」と言って逃げていきます(笑)。急いで去って行く後ろ姿を「かわいいなぁ…」って眺めるのが好きです。
あはは(笑)。清野さんはそもそもどうして赤羽に住むようになったんですか?
赤羽に引っ越して
心機一転、執筆活動に励んだ
(清野とおるさん)
僕は、大学在学中に「週刊ヤングジャンプ(集英社)」で『青春ヒヒヒ(2001年)』、『ハラハラドキドキ(2002年)』の2作品を連載させてもらったんですけど、卒業と同時に打ち切られてしまって…。当時は就職活動もしていなかったので、心機一転、執筆活動に専念しようってことで、思い切って赤羽で1人暮らしを始めたんです。板橋の実家からも近くて、高校も赤羽だったので、昔から馴染み深い街なんですよ。平野さんは九州ご出身なんですよね?
はい。幼稚園の頃まで福岡に住んでいて。その後、東京に引っ越してきました。
東京に引っ越してからは、どこに住まれていたんですか?
代官山・渋谷・中目黒・下北沢…とかですね。
それは僕にとって敵ですね(笑)。でも、ちょっと羨ましいなぁ…。そういえば、平野さんは小学生の頃から食日記をつけていたんですよね?食日記をつけるようになったのは、何かきっかけがあったんですか?
昔から“食の記憶”を
文章に残すことが習慣だった
(平野紗季子さん)
小学校の給食で出てきたアルミホイルに入っている“鮭とキノコのグラタン”がすごくおいしくて、家に帰ってからノートに記したのがきっかけですね。その頃自分のホームページを持っていたので、そこで食べ物にまつわるブログも書き始めました。食べ物によって、自分のテンションが上がったり、下がったりする落差が楽しくて。その感覚って…映画好きの人がいい映画を観てアドレナリンがドバッと出るのと似ているんです。食べて、自分が思ったことや浮かんだ言葉をメモして、味の記憶を残すという習慣が今につながっていますね。
—『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』で数々の“おこだわり人”を取材している清野さんと、生粋のごはん狂として知られる平野さん。そんなお2人が過去に影響を受けた人はいますか?
つい真似したくなるような行動を
平然とする「同級生のMくん」
(清野とおるさん)
振り返ってみると、小学校の頃によく遊んでいた「同級生のMくん」の影響が強いですね。Mくんとは、よく駄菓子屋にカップのアイスクリームを買いに行ったりして。僕は買ったらすぐにフタを開けてガツガツ食べていたんですけど…Mくんはすぐには食べず一旦待つんですよ。そうすると、フチ部分のアイスクリームが溶けてくるので、そこに木べらのスプーンを突っ込んで、グルっと回して食べる。それを見た時は衝撃でした。
うわぁ〜!「ハーゲンダッツ」の最近の広告で、“幸せの瞬間は、待つ人だけに訪れる”っていうコピーがありますけど、それをMくんは先んじて実践してんですね。
おそらく、そんな概念すらまだ存在しなかった80年代に、Mくんは「この食べ方が正解なんだよ〜」って、おいしそうに食べているのを見て、羨ましく思っちゃったんですよね。
Mくん、かっこいい…。
あと、Mくんは他にも“おこだわり”があって。家に遊びに行くと、自分の学習机と押し入れを合体させて、自分で机を改造していたんです。その当時流行っていた“ビックリマンシール”や“聖闘士星矢”のフィギュアで遊ぶ時も、それを普通に押し入れから取り出すんじゃなくて、机の下に一度潜り込んで、机の奥にある合体した押し入れから持ってくる。
すごいですね。
それを自慢するわけでもなく、平然とやっているので余計に真似したくてしょうがなくなっちゃうんですよ。「これは真似せずにはいられない」「うわ〜!羨ましいな」という感覚って初めてだったので、今となっては大きな存在ですね。ただ、Mくんとは中3の時に絶交しちゃったんですよね…(笑)。
えっ!そんな…。人生に影響を与えた人なのに。
高校のクラスも一緒で、席も近かったんですけど、一言も口を聞かない関係になってしまいました(笑)。きっと単なるいい人だったら、あれほどまでに強い“おこだわり”なんて持っていませんからね。周りがどう思おうと、自分が楽しんだもの勝ちっていう。
私も、自分が“おこだわり“を持っているというよりも、“おこだわり”を持っている人たちに対しての憧れはすごく強いです。
そうそう。僕も単純に“おこだわり人”が羨ましいんです。
清野さんの作品を通して“おこだわり人”の実態を知って、楽しく生き抜くためのヒントを見出せる。きっと、こういうものを求めていた人ってたくさんいると思うんです。世の中を幸せにしているな…って。
「その『おこだわり』、俺にもくれよ!!」1巻より (講談社/ワイドKCモーニング)
単に僕が幸せな気持ちになりたいから、そういった“おこだわり”を持つ人たちに接触するんですよ。
なるほど。私も幸せになりたいです(笑)。
いやいや。平野さんは十分幸せそうに見えますけど(笑)平野さんが影響を受けた人っていますか?
小さなこだわりを大切にする
カフェプロデューサー・山本宇一さん
(平野紗季子さん)
大学時代に、表参道にある「LOTUS(ロータス)」というカフェで働いていたんです。オーナーの山本宇一さんは“カフェブームの生みの親”と呼ばれる存在で、元々名前は知っていたんです。お店の椅子を選ぶのも「脚が太い椅子のほうが美味しいお店に見える」とか、「テーブルの大きさは小さいほうがお酒は進む」って、デザインひとつにもこだわりを持っていて独特の哲学を持っていらっしゃる人でした。
自信満々に言い切られちゃうと、正解なんじゃないかと、つい思っちゃいますよね。
あと、接客の時もストッキングは30デニール以上を穿いたらダメって言われたことがあって。最初は変態なのかと思いましたけど(笑)、厚ぼったいタイツでワインやシャンパンを出すのってどうなんだろう…っていう考えがあったみたいです。そういう小さなこだわりを大事にする宇一さんに影響を受けました。
—食やライフスタイルにおいて独自の着眼点を持っているお2人。それぞれが考える 「おこだわり人」の特徴を教えていただきました。
呼吸をするように当たり前のごとく
“おこだわり”を楽しんでいる人
(清野とおるさん)
僕、平野さんの著書『生まれた時からアルデンテ』を読ませていただいだんですが、本の中で紹介していた“チーズおかき”が個人的にすごく美味しそうだなって思いました。
スライスチーズを一口大にちぎって、缶に入った柿の種をめがけて全力で投げつけるんです。いい塩梅(あんばい)に数粒の柿の種がチーズに付着するという仕組みで。ポイントは、“投げつける強度でくっつき具合が変わること”。ちょうど3粒くらいくっついた時がベストなんですよ。辛みのある柿の種とチーズのまろやかさが丁度いい “チーズおかき”ができあがります。食べ物をいかにおいしく食べるかを考え抜いて、行動に移しさえすれば、どんなものも料理になるんですよね。
なるほど。作品の中に登場する“おこだわり人”と平野さんの違いって…平野さんは食のことを冷静に分析した上で、ちゃんと客観視もした上で表現されているじゃないですか。やっぱりプロなんですよ。でも、“おこだわり人”は、呼吸をするのと同じように、自分だけの“おこだわり”を当たり前のごとく、無意識のうちに楽しんでいる。
ピュアな気持ちで
“おこだわり”を持っている人に憧れる
(平野紗季子さん)
そういう“おこだわり”に私も憧れます。おこだわり人って「おこだわりって何ですか?」って聞かれて、答えられるわけではないんですよね。「我こそはおこだわり人だ!」と自分で手を挙げる時点で、それはもう“おこだわり”ではないのかも。
なるほど、たしかに。
おこだわり人たちのようにピュアな気持ちを自分は持っていないことに絶望しますね(笑)。作品を読んで、私もこういう部分あるな…って重ね合わせることはできても、無意識のうちに発見することって難しいですよね。実際に“おこだわり人”とは、どうやって出会うんですか?
基本的には探しませんね。探しても見つからなそうですし。1巻(おこだわり人⑩)で登場した『コンソメパンチの男』は、僕のアシスタントで。仕事中の雑談から生まれたんです。「昨日、何をしてた?」「今日は何時に起きて、何を食べたの?」とか何気ない会話の中で、キラリと光るものがあったら細かく質問したりして…。一見すると普通っぽい人こそ“おこだわり”を持っているような気がしますね。
「その『おこだわり』、俺にもくれよ!!」1巻 おこだわり人⑩「コンソメパンチの男」より(講談社/ワイドKCモーニング)
実は、みんな隠し持っているのかもしれませんね。(笑)
そうなんですよ。平野さんは、ご自身でも料理をされるんですか?
料理はするんですけど下手なんです(笑)。でも、最近土鍋を手に入れたので、お米を炊くのが楽しみになりました。
僕も時間がある時は、家で野菜を切って炒めて…簡単な料理はしますね。調味料はなるべく少なく、添加物も控えめなシンプルな味付けです。
健康志向なんですね。
そうなんですよ。イメージと違うって思われるかもしれないんですけど…オーガニック食品も大好きですもん。
へぇ!私もフラットに食べ物を捉えたいなって思いますね。星つきのレストランも、ファミレスやコンビニのごはんも大好きなんです。それぞれのいい部分に感動することってよくあります。何でも楽しんじゃえ!という気持ちを持つことが大切ですよね。
—作中に登場する“おこだわり人”のように、自分だけの楽しみを見出す秘訣は意外と身近なところにあるのかもしれませんね。お2人に今後の予定とそこにかける想いをお聞きしました。
初めて女性の“おこだわり人”が登場するのを皮切りに
「おこだわり」の幅を広げていきたい
(清野とおるさん)
「その『おこだわり』、俺にもくれよ!!」は、今年の冬に単行本3巻が発刊される予定です。今まで登場してきたおこだわり人は、男性だけだったんですけど…。初めて女性のおこだわり人が登場するんですよ。
えー!気になります。
とにかく“メロン”が大好きな子で。初めて1人暮らしを始めて、引っ越しをした初日に、少し値段の高いメロンを1玉買ってきて…。メロンの皮をピーラーで剥いて、カットせずにそのまま丸かじりしたそうなんです。
丸かじり!?
丸のままのメロンを食べ進めていって、中心部に差しかかった、その刹那、尋常じゃないくらいに濃厚なメロンの香りがフワッと香ったそうなんです。「え? この香りって何?」って。メロンって中心部が空洞になっているじゃないですか、その空洞というのは、メロンが種から発芽してメロンとして成長し、成熟するまで、一度も外気に触れることなく、ぬくぬくと育った“空洞”で、いわば「メロンの世界」。そして、その「メロンの世界」に人類で初めて到達した自分だけが嗅ぐことのできる「メロンの空気」がフワッと香る、その瞬間がたまらないそうで…。その“おこだわり”を聞いた時は、今まで特に意識してこなかったメロンという存在がサファイヤのように輝いて思えましたね。
おお〜!メロンにも、まだ前人未到の地があったとは…。
彼女は、その恍惚感を味わうために、メロンを毎月1回買っているそうです。メロンの中心部に向かうほど、糖度も上がって甘みが出るんですよね。たまに買ってみたら、空洞がないメロンに当たることもあるらしく、そういうギャンブル性を含めて彼女は楽しんでいるらしいんですよ。僕もやってみたんですけど、すごく良かったです。
いいなぁ〜。そういう知らない世界ってなかなか到達できない。清野さん、作品の中で“おこだわり人”から聞いたことを毎回実践されていますもんね。
そうなんです。あと、今ちょうど『フックの男』というテーマを描いていて…。いろんなものを“フック”にしてしまうおこだわり人に話を聞いたので、今日は“フック”としても活躍するカードリングを持ってきたんです。
(清野さんが、現在描いている『フックの男』から教わった方法を実践してくれました!)
ただのカードリングさえもフックになるんですよ。自分の鞄の持ち手に通して、机に掛けちゃうんです。
これは、サイズが大きいので、ブレスレットにもなりますよ。
すごい(笑)。そんな発想なかったです。清野さんの『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』を読ませていただいて“おこだわり人”って、誰もが「そこには、何もないだろう…」って見逃してしまいそうな荒れ果てた大地でも、美しい花を見出すような感覚なのかなって思ったんです。そういう新しい発想って、お金やモノがなくても、そこで自分が楽しんだら成立するんですよね。私は、昔から森茉莉さんの「贅沢貧乏(講談社)」がすごく好きで、“贅沢というのは高価なものを持っていることではなくて、贅沢な精神を持っていることである”という考えに通ずるものがあるなぁ…って思いました。
そんな素敵な言葉で“おこだわり”を表現して頂けるなんて…!ありがとうございます。初の女性のおこだわり人が誕生したのを皮切りに、子どもやお年寄り、いずれは外国人とかにも“おこだわり”の幅を広げていきたいですね。
食文化にまつわることを勉強しながら
コツコツと取り組んでいきたい
(平野紗季子さん)
今ちょうど、発酵食品や微生物の世界に興味があって。和食や日本の食卓の日常に、味噌や醤油などの味付けは欠かせないものだと思うので、独学で研究しているんです。そういう食文化にまつわるさまざまなことを勉強しながら、自分ができることにコツコツと取り組んでいきたいです。
お互いに高みを目指して頑張っていきましょうね(爆笑)
そうですね!高みで会いましょう!
—さて、お話は尽きませんが、そろそろ〆のお時間。お話のお供にお出ししたのは、三ツ星キッチンパスタシリーズから「焼なすとトマトのクリームパスタ」です。
フリーズドライってパスタもあるんですか?すごいですね!
おもしろいですね。体に優しい感じがします。
おいしいです!ごちそうさまでした。
—本日は素敵なトークをありがとうございました。またのご来店をお待ちしています!
撮影協力/灯和屋(株式会社シェアスタイル)
関連記事
RELATED ARTICLES